『氷の解けるまで(最終話)』大前しでん小説
「お父さん、今日は長い時間に亘り圭子さんや私に心を開いて頂き有難う御座いました」
「いえ、いえ、お礼を言うのは私の方ですよ。本当に圭子を選んでやってくれて有難う御座います。
親バカになるがこの子は私達の自慢の娘です。
どうか、この子の灰色の十二年をこれからは浜口さんの深い愛情で虹色の毎日に変えてやって下さい」
「お父さん、その言葉必ずや肝に命じておきます」
それから、人志はひとつ呼吸をおいて最後に言葉を振り絞った。
「お父さん、今日はこれで失礼しようと思うのですが、あとひとつだけ尋ねたいことがあるのです」
「はいはい、何でも訊いて下さいよ」
「このご自宅の田園周辺におびただしく広がる真っ赤な彼岸花が印象的で何故こんなに咲いているのだろうと思いまして」
「ああ、あの花は母さんが亡くなった翌年に赤色の球根だけをわざと選んで植え付けたんです。
私と圭子が母さんに手向けた愛情と未練の証にね。
勿論、圭子は知りませんがね。
曼珠沙華と言う妖艶な俗名が好きでね。
そんな花にも毒がある。
私らの忘れられぬ想いの証がどんなに月日が経とうともセピア色に変わらないよう毒を携えた真っ赤を選んだんです。
でもね、やっと今年で終わりにできますよ。
母さんを忘れるってことじゃないですよ。
もう、赤は止めにして黄色の曼珠沙華に植え替えますよ。
ねぇ、それでいいだろ?
それらが満開になる時には母さんも生まれ変わって君らの家族が三人になっている頃だろう。
綺麗に咲かせてみせるから必ず観に来てやって下さいよ!」
< 氷の解けるまで 完 >