『氷の解けるまで(8話)』大前しでん小説
「初めてまして浜口人志と申します。
本日はお忙しいところ、」
「まぁ、堅い挨拶はいいから駄々広いだけの家ですけど上がってやって下さいな」
圭子が目配せするので自然な流れで人志は靴を脱ぎ誘導される様に仏間へと足を運んだ。
そして、お母さんの仏前にと用意しておいた供え物を取り出し圭子の父にお参りを申し出た。
「そうですか、それでは参ってやって下さい」
人志は手をあわせながら、この後に差し迫る展開を思案しながら何やら仏壇の傍らの写真立てがこちらを向いて微笑んでいることに気が付いた。
それを観て人志は驚いた。
あまりに圭子と酷似しているお母さんの写真であった。
圭子の頬っぺの両側には深くて小さな笑窪がキュートに広がっていた。
圭子との出会いの第一印象の大半はそれで人志は一瞬のうちに虜となった。
そして、笑顔を振り撒くこの写真にも圭子と同じ笑窪がくっきりと写し出されており何かこの笑顔が、自分を歓迎してくれているように見え妙な自信を覚えた。
「まぁ、こっちにでも掛けて下さい」
「あぁ、どうも有難う御座います」
圭子が神妙な表情を浮かばせながら湯気の涌き出たコーヒーを用意して腰掛けた。
「今日は、お忙しいところお時間を頂いて申し訳ありません。改めまして、圭子さんとお付き合いさせて頂いております浜口人志です。宜しくお願いします」
< 続く >