『氷の解けるまで(7話)』大前しでん小説

㈤真実

あっ、人志君が来たような車の音がした。

門扉の向こうにある彼岸花達の横には納屋があって農機具や餅つき道具の杵や臼、蒸籠など今や都会で見せると骨董品のような品々が収納され、その傍に寄り添うかのように母さんの大切にしていた鞄や靴など父がどうしても処分することができずにしまっておいた数点の形見が保管されている。

私は人志を母さんにも紹介したくなりそっと納屋の扉を開いて母さんが頻繁に身に付けていた琥珀色したルビーのネックレスを取り出してそっと胸元に付けてみた。

思わず涙が溢れそうになった。

「母さん、私の旦那様だからしっかり見ておいてね、素敵な人だからね。

それから、お父さんの機嫌が悪くならないようにお願いします」

「圭ちゃん、おはよう」

「人志君迷わず来れたみたいね、良かった。

割りとスーツ姿も悪くなわね」

此処が玄関なの?

そうね、こっちから入って」

人志は昨夜から一睡もできずにいた。

お父さんと何から取り繕ろえば機嫌を損ねず僕や圭子と打ち解けられる関係になれるだろうか?

そして、話の本丸と考えていた十二年前の事故の真相を包み隠さず打ち明けてもらうことを考えていた。

圭子との将来はお父さんに何と言われようが意地でも一緒になる覚悟だったのでこの場に及よび然して自分を抑えてまで相手をリスペクトして好意を抱いてもらおうという半端な覚悟など微塵もしてこなかった。

こんな気持ちを間違っても圭子に知られてしまうと圭子はたちまち気持ちを取り乱し敷居を跨ぐことさえ強く拒むに違いないだろうと思っていた。

けれど、大切な圭子を本当に愛し永久を誓うと言うことは彼女の見たくれや安っぽい互いの若さが織り成す軟弱なフィーリングだけの絆で結ばれていても上手く行くはずがないと考えているからだ。

それでは結婚後に巨大に立ちはだかる人生の荒波を二人して越えることなど到底できるはずもないのだ。

人志は圭子に抱く本気の愛とは何なのか?

持論を巡らし手繰り寄せては突き放し何度も自問自答を繰り返して今日の日に臨んだのであった。

< 続く >