『互いの面影(7話)』大前しでん小説
聞き覚えのある声だが顔が今ひとつピンとこなかった。
少し赤茶色い髪にカールした髪型、きらびやかな首元のネックレス?
あっ、口元に少し大きなホクロ!確信した。
おばさんだ!
全くイメージが違うではないか
女性はいくつになっても化粧や身だしなみでここまで変貌するのか!?恐ろしい。
だが、おばさんと言っては失礼だがいきなりの遭遇で先日教えてもらった名前も忘れていたし、例え覚えていても本人から教えてもらったわけでないので呼べるはずもない。
ここは成り行きで行こう、瞬時に考えた。
「あっ、駅の掃除の?」
「覚えてくれてたの?」
「ええ、勿論ですよ。久しぶりじゃないですか!元気にしてますよ。今日はお出掛けですね」
「そうなんよ、駅の仕事なんだけど辞めることにしたんよ。
それから知ってると思うけど駅のトイレも新品になるらしいし綺麗になるんだったら私らの出番もないしね。
これからは病院に通いながらになるけど友達と一緒に色んなとこに行って楽しんで暮らそうと思ってるんよ」
「病気でいらしたんですか?」
「大した事ないんよ、でも経過観察で毎日行かないとダメになって。
晴れでも雨でも頑張って通うのよって友達とも話してたんよ」
「あの駅のトイレですけど」
「そう、新しくなるんですよ」
「張り紙も見ましたし駅員からも聞きまして、何だか残念な気がして」
「最新型のトイレで何か汚れが固着しない洗浄力が強くなるものらしくて、そうなると私らみたいな年寄りは無用になるんだなと思って、この辺が潮時なんやね」
「色々と長い間話し相手になってくれて有難うございました。
一度きちんとお礼を伝えたいと思っていたんですけどね。
こうやって会えて本当に良かった」
「私もお宅の話はよく聞かせてもらってました。横ちゃんは息子さんを早くから亡くされてお宅さんと喋ると思い出すっていつも言っていたんですよ。
それで毎日が張り合いあって、そんな時にトイレ工事と糖尿病がひどくなったことが重なってしまってね」
「ちょっと喋り過ぎと違う?」
「ごめん、ごめん」
「あっ、そうだったんですか。
いや、僕の方こそ毎朝明るい笑顔と挨拶に少しの話を聴いて頂きまして今があるもんなんです。
本当に長い間ご苦労様でした。
それから私事ですが三月から九州に異動することになりまして」
(互いの面影 続く)