『互いの面影(6話)』大前しでん小説

突然バットで脳天を叩かれた。
さっきまで優勢であった試合が一気に動き出し同点次いでは逆転され劣勢へと変わり気持ちの動揺が抑えきれず  
何でですか!
と騒いでいる自分がいた。

しまった、取り乱してしまった
さすがにこの駅員が理由など知っているはずもなく住所まで教えてくれるはずもない。
さっきまでの勢いはどこえやら、
「そうなんですか、有難う御座いました」
無念、残念にも程度がある。
もう二度と会えないのか。

何か恋心を抱いた憧れの君とは微妙に異なるがこのまま会えずに終わるのは今後の人生において大きな悔いを残すことになるのではないかと思いながら客先までまるで受刑者のように足元重く覇気もなく向かって行った。
それから数日が過ぎたある休日、引っ越しまで残り二週間に迫ったこともありそれに備え買い出しと心機一転、気を引き締めるため初出社用のネクタイを新調しょうと会社近くの百貨店へ出掛けることにした。    
いつもなら休日は部屋に閉じこもりゲームに興じたり、DVDを観たりなどダラダラ生活であったが、これからはそういうわけにはいかない、自分を変えるのだ!との強い信念を持ち生きることを全うすると自らを戒めた。
そこで、まずは自炊をすると心に厳しく決意していたので炊飯器が欲しかった。

一階のいい香りのする化粧品売り場近くにあるインフォメーションで階数を確認すると婦人服売り場の上となる最上階であった。
よしよしこれでいい、ボタンひとつで米が炊ける。
それにネクタイに日用雑貨を買い足し帰宅することにした。

エレベーターが幼児のように苦手でいつも乗ると脳みそをヘラで延ばされそれをかき混ぜられるようなめまいに襲われ目の前がクラクラになるのである。
そんな事情で辺りを見渡し今日は良かった
往復でエスカレーターを使用することができたのだ。
この人々の笑顔や聞こえてくる話し声、そんな人波に紛れどんどん出口に向かっている安心感を与えてくれる。
そうして五階のエスカレーターへ乗り掛かろうとした踊り場での瞬間だった。

「ちょっと!」
誰か話し掛けてくる声が聞こえた。
そして、その声に応じ顔をそちらに向けたのだがその人とは面識が無いように感じた。
違った、声の主はその隣であった。
「あなた、久しぶりやね。元気にしてる?」

(つづく)