『コンサート開催しました!』 読む法話 日常茶飯寺 vol.11

 音楽というものは、不思議なものです。科学的に言えばそれは単なる空気の振動でしかないのかもしれません。
でも、その単なる空気の振動でしかない音楽によって、ある人は笑い、ある人は涙し、ある人は踊り、ある人は励まされ、ある人は勇気をもらい、ある人は眠り、ある人は童心に返り、ある人は故郷へ帰り、ある人は懐かしい人と再会をする。科学では到底解明できないようなことが音楽によってもたらされます。

 音楽は平等で、人種を超え、性別を超え、年齢を超え、立場を超えて私たちに届いてきます。音楽を前にした時には私が誰であろうと何も関係ありません。私が私のままでいられる場所、その一つが音楽の場なのかもしれません。

 10月25日(日)西福寺でコンサートを開催しました。新型コロナウイルス感染防止対策のため、座席を35席に限定しての開催でした。
出演くださったのはソプラノ歌手の長谷川萌子さん、伴奏の加藤雅弘さん。そして特別出演の、宮崎夏希さん、宮崎佳奈さん、小林咲菜さん、木村海斗くん、平田隼人くんの5人です。この5人は長谷川萌子さんに歌を教わっている少年少女たちです。

 長谷川萌子さんの歌は問答無用で素晴らしく、またそのお人柄も相まって会場の皆さんがあっという間に引きつけられていました。加藤雅弘さんの伴奏も素晴らしく、今度はピアノのソロコンサートも聴きたいという声もあるほどでした。
 そして特別出演の子どもたち、控え室ではめちゃくちゃ緊張している様子でした。無理もありません。5人一緒に歌うのではなくて、1人でステージ立って歌うのですから。
ところがいざステージに立って歌い始めると、何かがはじけたように生き生きとして、さっき控え室で緊張していた子とはまるで別人のようでした。歌うことが好きで好きでたまらない、そんな気持ちがひしひしと伝わってきました。
三者三様とはよく言ったもので、誰の真似もしていない5人それぞれの個性が強烈に輝いていました。

 多感な時期にしかない繊細な感性を持った少年少女たちの、自分ではどうすることもできない感情を歌うことで消化しているんじゃないかと思えるほど爆発力のある歌を1人ひとりが歌ったのです。あの日、あの場所でしか聴くことのできない歌を聞いた、そんな心震える感動をいただきました。

 その感動の中でふと浮かんできた言葉がありました。

阿弥陀経というお経の中に出てくる「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という言葉です。「阿弥陀さまの国、浄土にある池には車輪ほどの大きな蓮の花が咲いていて、青い蓮は青く輝き、黄色い蓮は黄色く輝き、赤い蓮は赤く輝き、白い蓮は白く輝き、どれが一番ということはない、どれもがそれぞれの輝きを放っている」というような一節です。

さて、考えてみてください。
青い蓮がなぜ青く輝くと思いますか。

それは、黄色い蓮、赤い蓮、白い蓮があるからなんです。
青じゃない周りの蓮が、青い蓮を青く輝かせるんです。違いがあるからこそ輝く。あなたがいるから私が輝き、私がいるからあなたが輝く、それが浄土という世界だと知らされます。

では私たちが生きている世界はどうでしょう。
例えば、誰かが「赤色!」と言ったら赤色に染まらないといけないのが私たちの世界ではありませんか。みんなが赤色に染まっていく中で、赤色に染まらない者は排除されかねない、それが私たちの社会ではありませんか。
違いを認められないこと、これが私たちの愚かさの一つでしょう。

 生き辛い世の中と言われる原因は、自分が自分であることを許されないところにあるのではないでしょうか。
「青色青光 黄色黄光 赤色赤光 白色白光」という言葉は「あなたはあなたでいていいんだ」という底知れぬ温もりを持った言葉です。
まさにそのことを、5人の子どもたちが体現してくれたのです。
 長谷川萌子さん、加藤雅弘さん、5人の子どもたちの心の底から発せられた音楽は、ステージと客席の間に設置した飛沫防止シートなど優に超えて会場全体を包み込んでいました。

 やはり、音楽は平等でした。私が私のままでいられる心地良い空間がそこにはありました。

「平等」とはもともと仏教用語です。
阿弥陀さまは分け隔てを一切しません。こういう人は救うけど、そうでない人は救いませんという線引きを一切せずに、どんな人も必ず救いますとおっしゃるのが阿弥陀さまです。正信偈の後半に「解脱の光輪きわもなし」とありますが、きわ(際)が無いというのが線引きをしないということです。つまり平等とは線引きをしないことです。

平等に救われると聞くと、みんな救われるんだな〜という印象を受けますが、それではちょっともったいない気がします。
阿弥陀さまは「みんなを救いたい」と願ったのではなくて、「あなたを救いたい」と願ってくださったのです。「あなたを救いたい」という願いを私たち1人ひとりにかけてくださった、その点において平等なのが阿弥陀さまなのです。
それは、私にしかない輝きを阿弥陀さまが見逃さなかったからこその願いでありました。

 いつしかお寺は「敷居が高い」「気軽に入りづらい」なんて言われるようになってしまいました。
でも本来、お寺は誰がいてもいい空間です。誰もが受け入れられるべき場所です。
あの日、阿弥陀さまと音楽の力によって、誰がそこにいてもいい、線引きのない温かい空間がありました。
西福寺がいつまでもそういう場所であって欲しい、そう思えた心地の良い1日でした。

コンサートの様子はユーチューブでご覧いただけます。詳しくはコチラをクリックしてご覧ください。
今月末には報恩講法要があります。住職の恩師、神戸市の谷川弘顕先生を講師にお招きしてお勤めいたします。どうぞお参りください。

合  掌

(2020年11月7日 発行)