『互いの面影(3話)』大前しでん小説

(3)現 実

思えば故郷の三流大学を卒業し神戸の中堅住宅メーカーに就職、よくある営業マンとして入社してから早五年、業績は先輩や鳴物入りの同期とは異なって大きく引けをとっているので行く末を案じ苦悩している状態であった。

そんな時、先輩の山口さんがいつものように茶化し掛けてきた。

この人は時間が空くと直ぐに上司の悪口や批判を伝えに絡みついて来る癖がある。

黙ってその話にうなずくようなものならその話に同意したものとみなされ、山口節の片棒を担ぐことになりかねないので否定する事は遠慮せず否定しなくてはならない。

自分の業績不振は、全て自らに非があるものと真摯に受け止めているので今更、会社の

批判たるくだらない話に同調している場合ではない。

どんな方針に転換されようがこのまま自分の業績不振が続くと今後の進退も考えて行かなくてはならないのではないか。

毎朝、起床しづらい原因は寒さでなくそれなのだ。

「おい、最近どうなんだよ?もっと大口掴んでこないと、あの課長さんが大きな角生やして怒鳴って来やがるぜ⁉」      

「えぇ、分かってますよ、でもね、ここまで原価上げられると商談どころでなく俵に足の掛かった力士のようで商談を有利に進めていける技量や才能は私にはなく客を神に見立てあげた雨乞いする農民みたいなもので絶対服従するしかどうしょうもないんですよ」

「おい、おい、そんな興奮するなよ、何も怒らす気で言ったんじゃないんだから」

「でもね、それでいて仮にお客さんを獲得しても先輩とは同じ販売区域でパイの取り合いってことになるからそうなると先輩だって面白い話には聞こえないだろうし、これでも見た目以上に気を遣ってるんですよ」

「分かった、分かったよ、今日は山川、随分と機嫌悪いなよな」

 更に心の中できれてしまった。 

ビジネスの世界でも恩義を忘れず義理・人情

所謂、お世話になった方々への感謝やご縁に与った方への真心を売りにした商い。

業績と恩義を秤に掛けるつもりはないが、仮に傾くとしたら恩義の方に重きを置いてしまう自分がいる。

一時の儲け、儲けの一辺倒社会、任侠心が消滅しているのはなにもあっちの世界だけでなく一般企業の堅気社会にまで浸透し真心だの誠実だの建前だけの社是とはかけ離れた儲け最優先主義の現代社会である。

純粋に犠牲心を持って正直なビジネスモデルを掲げる社員など居ようものなら都合良く利用され、上司や同僚からは遥か無縁の人として、冷たい滝に打たれるような凍え切った洗礼を周囲からサンドバックの如く暴打の嵐に見舞われるのである。

(つづく)