『ひいばあちゃんが死んだ』 読む法話 日常茶飯寺 vol.68

 昨年の夏に、西福寺門徒のKさんという女性が98才でご往生なさいました。

先日、そのKさんの一周忌のご法事がありました。そのご法事にはたくさんのご親戚の方々がお参りなさっていましたが、その中に葵生(あおい)君という小学校5年生の男の子がいました。葵生君はKさんのひ孫にあたります。

Kさんが亡くなる前日は日曜日だったので、葵生君が泊まりに来てKさんの隣に布団を敷いて一緒に寝てくれたんだそうです。その翌日にKさんはお浄土へとご往生なさいました。

当時4年生だった葵生君はその時のことを作文に書いてくれました。なんと、その作文は有本芳水賞の金賞に選ばれたのです。

 そして、先日のKさんの一周忌のご法事の時に、葵生君がその作文を親戚みんなの前で読み上げてくれました。私がまず驚いたのは、葵生君が作文を読むためにお仏壇の前に出てきた時に、親戚みんなの方を向くのではなく、お仏壇の方を向いて座ったことです。親戚の皆さんに聞いてもらいたいというよりも、ひいばあちゃんに聞いてほしい、そういう思いの表れだったのかもしれません。

そして、大きく息を吸って、大きな声で作文を読み上げてくれました。

葵生君に許可をいただきましたので、全文ここに掲載させていただきます。

『ひいばあちゃんが死んだ』

月曜日ひいばあちゃんが死んだ

九十八才で死んだ

すごい生きたな

土曜日は音楽会だった

日曜日ひいばあちゃんに会いに行った

そういえば笑ってくれたな

何か言いたそうだった

声は出せていなかった

ひいばあちゃんの福耳をみんなでさわった

その時笑ってくれたな

月曜日の朝ひいばあちゃんが死んだ

めっちゃ悲しくてむねがぎゅうってなった

なみだも止まらなかった

水曜日お通夜に行った

木曜日おそう式だった

きれいな花をいっぱい入れた

悲しかった

もう会えへんのやな

でも花も食べ物も手紙もあってよかったな

やかれた後ほねになった

バラバラだった

ほねが弱くなっていたから

ネジと鉄板も出てきた

だいたいこつの手じゅつのあと

はしでつついたらパリッとわれる

いっぱい泣いた

みんなで泣いた

笑っている時もあった

明日は家のまわりにいるらしい

まだここらへんにおるんかな

死んだら好きな人に会いに行ける

さとこおばちゃんが言った

ひいばあちゃん

会いたい人に

会えるよね

「ひいばあちゃん、聞こえる?」そう言わんばかりの大きな声。生死を超えて交わされた会話に、その場にいたみんな泣きました。

きっと、葵生君にとっては初めて身近な人の死に触れた経験だったろうと思います。その中でしっかりと死と生を見つめ、戸惑い、悲しみ、問い、その時の素直な気持ちを見事に言葉にして表現なさっています。Kさんの死が葵生君の生の豊かな土壌を育んでくださっているのだと思うと、私も込み上げてくるものがありました。

私たちにとって死は、悲しいことでしょう。けれど、私たち人間はその悲しみから命を感じ、生を問う。その営みの先に、豊かで深まりのある人生の土壌が開拓されていくのだと思います。

「前(さき)に生まれんものは後(のち)を導き、後(のち)に生まれんものは前(さき)を訪(とぶら)え」

親鸞聖人が30年以上も推敲を重ねて書き上げた「教行信証(きょうぎょうしんしょう)」というお書物の最後に置かれているお言葉です。これは中国の高僧、道綽禅師(どうしゃくぜんじ)の言葉を引用されたものです。

「前に浄土に生まれていった人は私たちを導き、私たちは前に浄土に生まれていった人を訪ねなさい」という意味です。

「先立っていった方々はどうなってしまったんだろう?」

そういう問いが自分の中に湧いてきた時にこそ、お経の言葉が心に響いてきます。


 浄土三部経には、「亡き方は阿弥陀さまに抱かれて浄土に生まれ往き、仏さまになっておられる」と説きます。

そして、浄土という世界は「広大(こうだい)にして辺際(へんざい)なし」と説かれます。「辺際なし」というのは、広さに限りが無いということです。つまり、ここからここまでが浄土です、という境界線が存在しないということです。

そうであるならば、浄土という世界はどこか遠いところにあるのではなくて、今私の目の前にある、ということではありませんか。そして、浄土が今ここにあるのなら、先立った方も仏となって今ここにおられるということでしょう。

じゃあ私たちは今浄土にいるのか、というとそうではありません。私は私の世界に閉じこもっているのです。煩悩という厚い殻に覆われて、欲にまみれ、怒り、腹立ち、妬むことの絶えない世界を生きているのです。煩悩を抱えた私たちは、たとえ目の前に仏さまがいようと、浄土が広がっていようと永遠に気付くことができないのが私たちなのです。

けれど、その私の命を決して見捨てずに「かならず救う」と喚(よ)び続ける声があります。それが「南無阿弥陀仏」です。


例えば、晴れの日には空に太陽のすがたを見ることができますが、雨や曇りの日には太陽は見えません。では雨や曇りの日は太陽は休んでいるのでしょうか。そんなことはありませんよね。晴れでも雨でも曇りでも、太陽は絶えず私を照らし続けてくれているのです。私からは浄土や仏さまが見えなくとも、私の命を絶えず喚び続けてくださる声、それが南無阿弥陀仏なのです。

先立たれた方はお浄土で仏さまになって、今私の側にいてくださるのです。

葵生君が作文の最後に置いた文章、

「ひいばあちゃん 会いたい人に 会えるよね」

もちろん、Kさんはお浄土で懐かしい方々との再会を果たしておられることでしょう。

けれど、それで終わりではないと思うのです。

葵生君がKさんを想いながら握った鉛筆、消しゴム、紙、そして葵生君の手。いたるところにKさんの温もりがあったはずです。

きっとこの作文は葵生君とKさんの合作だと、私は思うのです。

合 掌

(2025年8月1日 発行)