『氷の解けるまで(17話)』大前しでん小説

(6)犠牲愛

「あっ、それから大事なことを忘れていた。

今となっては母さんの遺言になってしまったがね。

圭子に見せておきたいものがある。

これを読んで毅然と生きてゆきなさい。

これは母さんが事故に遭う二時間前に私宛てに送信してくれたラインだよ」

『祐ちゃんへ

大変な仕事中にごめんね。

大切な報告があるのでラインにしました。

事前に相談することが筋なのですが、これから書き綴る内容に関してどうかお許し下さい

今、圭子にスマホを買い与えました。

圭子は明るく振る舞っているけど、恐らく失恋したのだ!と女の感です。

これから、恋愛や友達とのお付き合い、防犯対策でもスマホは大切なコミュニケーションアイテムとして必ず必要になるので高校生ですが、今持たせるべきだと判断しました。

勝手な行動をお許し下さい。

これからスマホの手助けを借りながら圭子の魅力を将来の彼氏に伝えられたらきっと素敵な恋愛に恵まれると信じています。

今、圭子は満面の笑みを浮かべ操作に没頭しています。どうか、持たせてあげてくださいね。今夜の夕飯は、祐ちゃんの好きな八宝菜と焼酎を用意して圭子と帰りを待ってますからね。        律子より』

「それから、事故に遭う三〇分前に母さんが笑顔を浮かべた圭子と一緒に店の前で撮った写真を送信してきていたんだよ。

それにはこんな文章が一緒に添えてあった」

『圭子のスマホデビュー!

この純粋な笑顔が大好きです。

遠い将来、彼女の結婚式にはこの思い出を胸に入れ必ず祐ちゃんと出席するつもりです』

「この後、あいつは逝ってしまった」

圭子はそれを読んだ途端、ハンカチがぐしょ濡れになるほど嗚咽し泣き崩れた。

「母さんは私のことを全部見抜いて解ってたんだわ。

お父さん、母さんの思ってた通りです。

もし、再び生まれてこれるものなら、もう一度母さんとお父さんの間に命を授かり生まれたいと思うわ。

そして、もう一度人志君と誓いを交わし母さんに紹介するの。

母さん、本当に有難う」。

人志は、圭子の負い目を感じていた過去の全容を目の当たりにし自らも人として熱い感情を抱いていた。

そして、向けようの無い怒りや悲しみを抑えながら終始、圭子の背中を擦ってやっては壊れるほどの力で右手を握り締めてやっていた。

そんなお母さんの面影で包み込まれ温かい空気の漂うなかにいて人志はお父さんに向かって口を開いた。

< 続く>