『氷の解けるまで(14話)』大前しでん小説

「まぁ、落ち着いて二人とも聴いてくれないか。先日の裁判でも明白となったが若僧が歩道を暴走させた動機は、『仕事場の親方にクビだと言われむしゃくしゃしてた』と自供しているんだ。

私があの時あんな言い方をしなければこんな事にはならなかったはずだ」

「それは違うわ」

「僕もそう思いますよ、お父さん」

「いや、そうなんだよ。私の道徳心に置き換えるとそうなんだ。社会には善悪問わず色んな人格、性格、価値観、能力など様々な個性を持った人間で成り立っている。当たり前の事だがね」

「だから、お父さんはどうしてご自分をお責めになるんでしょう?聖職と捉え宮大工としての精神を植え付けようとする親方が若者との考え方の乖離に絶望しクビを通告する暴言に至った。そりゃ、言葉の引き出しを開いてまさぐるとするなら数え切れないほど柔和な言葉は数えきれないほどありますよ」

人志は珍しく興奮して語気を強め意見を言い通した。

「それじゃ、お父さんが持つ災いの心って何なのよ!ちゃんと真面目に仕事して無駄使いもせず家族に尽くしてるのにどこが災いの心なの」

「お前らに最初に言ったと思うが神仏と関わること、いや、人生で重要なことは日々の心掛けなんだよ。

この事件の加害、被害双方の者は選ばれし必然。

不幸にして禍する心を持つもの同士が衝突した。時に当事者は禍する心を持つ自身でもあり場合によっては禍する心を持つ者と因縁ある者が影響を受けてしまう場合もあるように思えるんだ。何の学もない私の人生経験による単なる持論ですよ。

それでいて私の禍する思考の件だがその事故の数ヶ月前から人材難と注文の多さを理由に工期に追い付かないことが頻繁に起きるようになり心身ともに不安定となって周囲に少なからず怒鳴っては暴言を吐き尖って当たり散らすといった状態だった。」

< 続く>