『氷の解けるまで(10話)』大前しでん小説

「三十槌の水柱って知ってますか?」

「あのことですかね、確か埼玉県の秩父にある?岩清水が流れようとするけれど厳冬期に入ると寒さで水は凍ってその流れの姿のまま固まって出来る水柱のことでしょうか?」

「そうです。多くの観光客の皆さんは神秘的な芸術で美しいなどと言うけれどそれは私も否定しません。しかし、こちらにしてみたらそれらは私ら二人の心そのものなんです」

「それは、どうしてですか」

「圭子からどこまで聴いてらっしゃるのかは分らないが全てを話しますよ。十二年前のあの日から涙が頬をつたい続けようとするが凍ったままでね。

そろそろ春が来て解けてくれないとね。どこかで、その溜まりきって流れずにいる涙を流して出し切ってやらないとね」

人志は圭子と少し顔を見合せ覚悟していた展開と異なっている目の前の状況に戸惑っていた。

更に人志はこの場に及んで場違いな問題を抱いていた。

圭子の父を何と呼べばいいのか?

正式に結婚の許可は頂いたけれどお父さんと言うには失礼な気がしていた。

しかし、考えている余裕もなく思いきって発してみることにした。

「不躾にお父さんとお呼びするのも失礼ですが」

「いや、構わんよ。私が圭子の婿にとやかく言える男ではないんだよ」

< 続く >