『氷の解けるまで(9話)』大前しでん小説
「いやいや、これはご丁寧に私は父の前川祐司です。いつも、こいつがお世話になってすみませんね」
「いえいえ、こちらがお世話になっておりまして。二年前に職場で出会ってから一目で好きなり、交際を重ねるうちに内面に秘めた強い生命力と太陽のように周囲を明るく照らす前向きな心に引かれていきました。
伺って早々ですがこのような私ですが大切な圭子さんとこれからの人生を共に歩ませていただけないでしようか」
圭子はじっと頭を下に向け地蔵のように固まっているように思えたが、よく見ると手が少し震えているように思えた。
「浜口さんでしたかね。有難い口上を頂いて感謝の気持ちで一杯ですよ。こんな子で良ければこっちからお願いしたいくらいだ。母さんも喜ぶはずだ」
「早速お認め下さり有難う御座います。
ところで不躾なお話をするようですが圭子さんのことをお父さんの口からもっと伺いたく思っていましてお願いしても宜しいですか」
「はい、何でもお話させてもらいますよ。それに私だって君たちに話しておきたいことが幾つか有ります。まぁ、話が長くなりそうだ。浜口さん、圭子、何か茶菓子でも用意して気楽に話そうではないか」
その相槌までたどり着いた人志は圭子に目配せしながら腰が砕け落ちそうになったが態勢を作り直した。
圭子は満面の笑みを顔中に広がせて台所へ足早に向かった。
しかし、本当の腰砕けはそれからだった。
「浜口さん、何から訊きたいですか?もしかすると、私が伝えたい事と同じことのような予感がする」
そう言って祐司は、人志の顔を睨み付けた。そして、圭子が戻る気配を取り計らって、ようやく重い口が開きだした。
< 続く >