『氷の解けるまで(5話)』大前しでん小説
「私はその現実が信じられなくて、信じられなくて、ただひたすら泣いて泣いて。
それからは私の人生なんてどうでもいいと自暴自棄になって中学三年の時に自分の命を殺め母さんに謝りに行こうとした時だった。
死に方も解らずリストカットの真似事の結果病院に運ばれ病室のベッドの上で一度だけ父に頬を強く叩かれ諭されたことがあるの。
『死んで母さんに詫びるくらいなら、もっと生きたかった母さんの命をお父さんと二人で背負って一生掛けて倍の苦楽を味わい社会に貢献して詫びてみろ』ってね。
それから退院して何とか私は気持ちを少しずつ取り戻してはいけたけど次第に気が付くとお父さんの顔が正面から見れなくなっていた。
父もそれからは私に殆んど喋ってこなくなって」
「それで圭子は、今でもスマホをあまり触らないんだね、付き合った時からおかしいなって思ってたよ」
「私、トラウマなのよ」
「圭ちゃん、お父さんはそれからどうなったの?」
「今は、全然そうでもなくなったけど、あの頃は酷かったわ。
今、考えるとお父さんが荒れたのは私と話さなくなってからかもしれない。
働いてはいたけど仕事場での喧嘩が絶えることがなくなってお酒を泥酔いになるくらい毎晩飲んで公園のベンチで転がって頻繁に警察から連絡が入ったりしてね」
「ところで、その事故の詳しい真相のことお父さんは、知ってるの?その原付バイクのことも問題だろ?」
「うん、私のことを含め相手の交通違反などは近くのコンビニの防犯カメラで証明され実況見聞と現場検証によってお父さんへ真実は白日の下にさらされたはず。
加害者との裁判などは父が全部対応してくれて私が高校一年の冬休みくらいには裁判所で判決が下ったことだけは知らせてくれたわ。
でも、詳しい結果を知ったところで母さんが戻ってくるはずもなく、私は一刻も早く事故の件は忘れたかった」
「するとそれから、十二年経つんだよな」
「でも、その判決が下ったその年の冬からお父さんは、益々私と一言も叱らなくなり愚痴やぼやきなんかも一切無いのよ。
またそれが余計に私にしたら辛くって。
それで、歳月を重ねるごとに無意識にお父さんの機嫌を気にするようになってね」
「解るよ、圭ちゃんの気持ち。だけど、それと来週俺が結婚の挨拶に行くことを怖がるのとどう関係があるのかな?」
「鈍いんだから人志君たら当たり前でしょ。母さんを死なしちゃった原因の娘がよっ、お父さんに何の親孝行もせずその上お詫びも言わずに自殺し掛けて苦労させておいてよ
『この方が好きな人です。結婚します』
って平気で言える‼️
それで、お父さんの目の前に忽然と人志君の顔が参上するのよ」
< 続く >