『氷の解けるまで(1話)』大前しでん小説

(一)彼岸花

「此処か、圭ちゃんが毎日生活してる家っていうのは。それにしても周りに田園が広がって穏やかな時間を感じるよな。

こんな大きな屋敷に二人暮らしか、それはそれで寂しいよな。

それじゃ、迷わずにお邪魔しに行くからお父さんとの日程調整のこと何とか頼むよ」

しかし、そう言い伝えた人志の心の隅にも少し気になることがあった。

それは、圭子の田んぼの畦道や石垣におびただしく広がった彼岸花のことだった。

それらは、一本一本それぞれに幾つもの花を持っていて互いが背丈と色彩を競い合った優等生が群れをなし規則正しく縦に横へと連なって悠然とそびえ立っているように見える。

その光景を遠目で見ていた人志は、思わず車から降りてその彼岸花の傍を無邪気に歩き回りたくなった。

だが、何故かその花弁は人志の瞳を通して海馬の奥底にまで粘着し何かを強く訴え掛けてくるような不思議な力を感じていた。

人志は心の中で少しどちらにしようかと迷ってはみたが小さな声で尋ねてみた。

「圭ちゃん、何でこんなに彼岸花が咲いてるの?」

「えっ、そんなこと訊かれたの初めてだけどそう言えばそうよね?

でも、今思うと私が高校の頃には既にこの景色だったから何も疑問には思わなかったわ」

「今度伺う日、お父さんに尋ねてみてもいいかな?」

「ええ、別にいいけど特に深い意味は無いわよ、きっと。

それじゃ、今日は少し早いけど此処まで送ってもらって有難う

あっそうだ。人志君!絶対に事故しちゃいやよ。ちゃんっと気を付けて帰ってよね!」

「あぁ、解ってるって。それじゃ、来週な!」

< 続く >