『互いの面影(5話)』大前しでん小説

「それは、支店に勤務先を移し新たな活路を見いだせとおっしゃるのですか」 
「そうだ、誤解されては困るので繰り返し言っておくがこのご時世だ、業務命令という強制連行ではなく選択権は君に残してある。しかし、これだけは分かって欲しい、君にはもっと深い人情味があって鋭い感性や洞察力が備わっているのではではないかと思ってならないんだよ、返事は直ぐにとは思っていない」
「いいえ、今ここで申し上げます。承知しました、私は独身ですので生活は何処に移ろうと何ら問題はありませんし、お客さんと直接触れ合う仕事には大変興味がありますので私からもお願い致します」
「そうか、それなら答えは『了解』ということで待遇に関しては来週、管理部の者から説明させることにしよう。快く引き受けてくれて本当に有難う。そうすると早速返事がもらえたとなれば勤務は一ヶ月後の3月からということでどうだろうか!」
「はい、承知しました」
 
㈤ 想い
 
 そうか、俺もいよいよ本州を離れ新天地で
スタートをきるのか。
胸中は以外と穏やかで営業向きでない自分の性格とどことなく平凡過ぎる毎日に刺激を求めていた自分に改めて気が付きこの異動には願ったり叶ったりと言ったところもあった。
 
あれ?
「駅員さん、おはようございます。トイレが使用禁止になってますが故障でもしましたか?」
「あっ、連絡の掲示が遅れてしまって申し訳ありませんでした、随分老朽が進んでいたので兼ねてより稟議申請しておりました決済がおりまして新品に生まれ変わります。洋式のあのウォシュレット付きですよ!それで色々と準備もありますんで今日から三月一杯は時間もらいたいと思ってます」        「そうなんですか」
困った、少し襟を正し声高に訊いてみる。 「あの、個人情報などに問題があるかもしれませんが、ここの清掃して下さっていた方なんですが?」              「あっ、横川さんのことですか?」     「いったいどうなさってるんですか?」
「横川さんのご友人の方ですか」
うーん、友人ほどでもないのだが、ここらは
ためらわず条件反射でうなずいた。
「えっと、ちょっと待って下さいよ」
そうすると数年間は使い続け角の取れた黒色で部厚いく、むかし昔の学校で先生がよく使っていた画版を持ち出してきた。
今朝は、客先に直行するとの申請を行ってあるので遅刻連絡する必要もなく、落ち着いて話すことができると難航しそうな現在の状況に胆を据えた。
 
「お待たせして、すみませんね。これが駅管区内のシルバー派遣の作業者リストなんですよ」
なんとアナログ管理か!働く方に失礼ではないか。
あんなに日々熱心に清掃されているのに、そう思うと少し腹が立ってきた。
「あっ、ありました。えっとね、駅長はもっと詳しいんですけどね」
もうここまで待ったされたらそんな弁解など一言もいらない。
「退職されたみたいですね」     
「なに?」

(つづく)