『互いの面影(4話)』大前しでん小説

 人は『金』と言うアイテムを生み出し操ってきたのであろうが、今やそれは逆でそれらに依存し操られる始末となった。
増収増益を継続している企業こそが優秀な会社?
所詮、成果主義なんぞ結局は結果しか見ないのである。
不幸にも減収に至った場合には努力過程に目もくれず経営者のアンテナは結果にしか向いていないのだ。
この腐りきった『儲け、儲け、金、金』主義の日本を戦前の人情社会までゼンマイで壊れないよう丁寧に素早く巻き戻し正さねばならない深刻な事態ではなかろうか。
人とのゆかりで得た恩義を重んじた人間臭さがどこか古い伝統工芸のようなものになってボロ雑巾の如く端に追いやられパソコンでは割り切れない冷酷な計算式でも人間様の血が通った心で計算すると意図も簡単に割り切ってご明算へと導ける出来事が何と多いことか。

㈣ 転機

「おはようさん」
「あっ、おはようございます」
「あれ、風邪ひいた?」
「はっ、はい、ここのとこ残業続きで疲れがたまったみたいでして」
「気を付けなあかんよ、風邪は万病のもと、ほんまにそう思うよ、風邪が切っ掛けで喘息になってしまった友達も居てるもんね」

なぜ、わかったのだろう? 
しかし、当然と言えば当然とも思える。
これだけ互いに名前や年齢など知らないとはいえ、毎日同じ時間に同じ空間で僅かでも一時の時間を共有しているのだから変化に気付くのも無理はない
むしろ、一人暮らしの自分にとって気が付いてもらえる人がいることに心から嬉しさを覚えた。
 その日は、経営会議が行われる日でもあり休むわけにはいかず、是が非でも今期の業績に対する見込の総評を営業統括の川添部長に報告しなくてはならなかった。
川添部長は、入社から何かと面倒見て下さり仕事には妥協なく随分と厳しい方だが人間の所作や心情を推しはからい細かい配慮の行き届く洞察力に長けた方だと心から尊敬している方でもあった。
 
「山川君!ちょっといいかね」
「はい」
「元気でやってるか、最近は支店も増えたのでなかなか顔も見れなくなったが、仕事振りは月報などで確認させてもらっているよ」
「はい、そうですか、それはお忙しいところ誠に有難う御座います」
「そこで早速なのだが率直に話すよ」
「何でしょうか」 
「君自身が一番解かっていると思うが近年、君の業績は胸はって言えるものではないね」
「はい、どうも申し訳ありません」
「まぁ、それはこちらにも非があるわけで君もまだまだ若いんだから本社の本部長とも協議して話し合ってきたんだ。君の適正や可能性それに今日までの経験など総合的に考慮して結論を導いてみた。勿論その結論も君との同意の上で決定する事になるのだが…」
「はいっ?」
「君も知っての通り昨年から我社も九州に支店を構えていることは分かってるよね?」 
「はい」
「そこでだが、今の営業としての延長線として考えるのではなく、市場開拓、いわゆる商品開発からみてコアのユーザーにあたる年齢層からのニーズ調査(満足度)、それに対する提案など大きな市場規模の視点から統計を集め分析する為の資料作りをお願いしたい。勿論、君にも分析にひと肌脱いでもらうこともお願いできないだろうか?」 

(つづく)